千国番所 ~千国街道・塩の道~

Byそふぃあ

----- Saturday, August 25, 2018 ----------  
糸魚川で、塩の道に関する勉強を少しはじめたこともあり、県境越えた小谷村にも関連施設が残されていることを知って気になっていたので、時間のあったこの日に立ち寄ってみました。

千国番所
▲復元された 千国番所

千国番所
新潟県との県境に位置する長野県小谷村は、標高2,000m級の山々に囲まれた自然豊かな村で、日本海から約40kmの距離にあります。

越後・糸魚川から信州・松本城下までの約三十里(120㎞)の山道は「千国街道」や「糸魚川街道」「塩の道」などと呼ばれ、越後からの上り荷は塩や海産物が、信州側からの下り荷は麻や和紙・綿・大豆などが運ばれる、当時の暮らしの中で重要な道でありました。

千国番所
千国の庄と呼ばれた小谷村は千国街道の要所であり、慶長年代(1596~1614)より、松本藩の出先機関として千国口留番所(関所)が置かれました。
以来、明治2年に廃止されるまでの280年間にわたり、塩や海産物などの運上銭の徴収や人改めを行いました。

この番所の街道沿いには、盆や暮れになると「千国市」が立ち、近郷近在の住人で賑わうなど、まさに政治・経済・交通の一大中心地でした。

千国番所
▲番所(関所)見取図

江戸時代最後の番所の規模は、間口十間(18m)、奥行二十四間半(44.5m)の敷地内に、道路から一間入って間口六間(11m)、奥行五間(9m)の茅葺の建物でした。
建物の東側は一間一尺(2m)の間をおいて柵があり、西側は二間(5m)の柴木戸と柵で、塩倉へ行く通路となっていました。

千国番所
千国宿のほぼ中央、道路をはさんで北側にあった番所(関所)を現在の位置に復元。
「番所取締役人像」などが置かれ、道中取り締まりにあたり、千国の地に君臨し機能を果たしてきた様子が再現されています。

番役人は番卒二名を使役して、行旅荷物などの検査にあたりました。
南からの行旅荷物には大町の庄屋問屋から通行手形が給され、北からの荷物には小谷七ヶ村の庄屋が手形を給しました。

千国番所
明治期に使われた金庫が展示されていました。

千国番所
いろりの間には、提灯などの再現展示もみられました。(奥の間は物置)

千国番所
建物南側は、板の間になって終わっています。(多分、奥の扉は厠ではないかと…)

千国番所
▲土間の壁にあった展示物

丸に竜胆の家紋。。。
松本藩主であった石川家時代の再現物でしょうか。

千国番所
▲天秤計りと、歩荷(ぼっか)と呼ばれる荷物を背負って運ぶ人の荷支度の展示など

ここでは背負子、荷杖棒、塩カマスなどをはじめとしたものが展示されていました。
「塩」と書かれている塩カマスは、塩を入れるワラの袋で、塩一俵(約47㎏)が入ります。
歩荷は男性ばかりでなく、女性もいました。
あまりに重い荷なので、小休止の時は荷を背負ったまま、歩く時に杖として使う荷杖棒を荷の下に当てて休んだといいます。

千国番所
▲街道道中復元像
歩荷や牛方がモチーフになっています。

その後ろに見えるのは 塩倉

千国番所
塩倉は、塩の流通を調整するための貯蔵庫で、番所建物の裏手西北隅に、建物から十一間半(21m)離れてありました。

千国番所
塩倉の大きさは六間半(11.8m)×二間(4.5m)の平屋で、現在あるものの2倍の大きさだったと伝えられています。

また、建物は塩を貯蔵するため、釘が一本も使われていません。

千国番所
背負子や塩カマスなどが置かれていました。

千国番所
千国番所(千国の庄史料館)
時間 9:00~16:30
休館 火曜日(祝日の場合は翌日) / 冬季(11下旬~4月下旬)
料金 一般300円 / 中学生以下無料

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