繋ぎ榧|了玄寺(西養寺)と護摩堂山自生地
2012年12月16日
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親鸞聖人ゆかりのお寺「了玄寺」にて
やっぱり、お寺にはシャガがよく似合う!
丁度、大好きなシャガの花が綺麗だった頃にやって来たのは、護摩堂山の麓にある、親鸞聖人ゆかりのお寺、真宗大谷派の了玄寺。

こちらのお寺には、越後七不思議の1つである“繋ぎ榧”が存在します。
実は、繋ぎ榧の旧蹟寺は現在は新潟市酒屋にある西養寺なのです。かつての西養寺はこの田上に存在し、真言宗のお寺でありました。しかし、親鸞聖人の教えにより浄土真宗へと改宗し、元亀年間(1570年~1572年)の頃、酒屋村(現・新潟市酒屋)に移転したといわれています。

元の田上小学校跡地は西養寺屋敷といわれていて、西養寺が酒屋に移ったあとは、親鸞聖人の旧跡“繋ぎ榧” の傍らに、西養寺の“御旅屋”として建立し、西養寺・住職の弟が田上の旧蹟地に入り、了玄庵(了玄寺)を称したというわけです。

境内にある、天然記念物にも指定されている“繋ぎ榧”と御旧蹟碑


親鸞聖人が護摩堂山の城主に招かれて法話を説いた時、城主がこの山の名産で、糸でつないで納めた榧の実を焼いて献じました。親鸞聖人は、「この教えが仏の御心にかなえば凡夫の極楽浄土は間違いなく、この焼かれた榧の実も芽をだすであろう。」と言われ、その中の1つを庭に撒かれたところ、芽が出て、山一面に繁茂したといいます。その実には、1粒ごとに糸でもとおしたかと思われるような小さな穴が両側にあったことから 「繋ぎ榧」 と呼ばれました。以来、西養寺はこの榧の法木を守り、了玄寺が受け継ぎ、現在に至ります。
榧の実
訪れた日、小さな榧の実が無数についてる様子を見ることが出来ました。
護摩堂山頂には“つなぎがやの自生地”があり、浄土真宗中興の祖といわれている蓮如上人が護摩堂山の“つなぎがや”を、この了玄寺の地に移したものと言われています。
訪問日:2012年5月20日(日)
護摩堂山にて
時期を改めやって来たのは「天地人」の時代、パパイヤ鈴木さん演じた甘粕景継の居城があった護摩堂山です。
平野が開けているので、実城跡からは、直江兼続の弟・大国実頼の居城 天神山城や山岸尚家の居城 黒滝城が真正面にはっきりと見えます。
お子様連れのハイキングにもお手頃な山なので、まだお昼にならないこの時間、たくさんの親子連れが、登山後、一足早いお昼のお弁当を広げて休んでいました。
山城散策でも、ハイキングでもない私たちは先を急ぎ、戦国期「新津曲輪」と呼ばれていた場所へ。

繋ぎ榧自生地
新津曲輪にある案内標識から道を下りて行くと、曲輪下、北側山腹斜面一帯が繋ぎ榧の自生地になっています。最初の案内標識から5分も歩くと、倒れ掛かった説明板に出ます。大正11年(1922年)10月12日に国の天然記念物に指定されていて、この周辺で自生している榧の木は、なんと!1,480本とか。確かに、来た道を戻る際改めて見ると、山の至る所で榧の木を見つけることが出来ます。蓮如上人は、ここから “繋ぎ榧” を、今の了玄寺の地に移したわけですね。

ここにある木は、葉が年毎に交互に裏表反転する奇形が見られたり、他には見ることの出来ない奇形樹の原産地といいます。
ちょっと探してみると、反転した葉は無かったものの。。。
葉の一部が立っているもの…

来年へ繋ぐ命。でも葉の付き方がちょっと変?

さて、私たちが秋のこの時期に山までやって来た理由はの1つは、繋ぎ榧の自生地が見たいというのは勿論ですが、その他に、山なら落ちた榧の実を見られるのでは?というのが正直なところでした。しかし、北側斜面は日当たりが悪く、前日に少し雨が降ったこの日は足元もグチャグチャで、落ちた榧の実は時間と共に朽ち果ててしまう、もしくは小動物の餌になってしまうようです。
1つも見つけられなかった榧の実。。。
せっかくここまで来たことですし、春に青い榧の実を見た了玄寺さまを再訪してみることにし、山を後にしました。
4ヶ月半ぶりの再訪 秋の了玄寺にて
護摩堂山を下りたその足で、了玄寺さまにやって来ました。4ヶ月半ぶりに見た境内の榧の木には、まだ少し青い実がしがみついているものもありました。


そして境内の一部では、伸びた枝から榧の実が自然落下し、目の前まで転がっていました。

天然記念物なので、むやみに木から取ってはいけませんが、これなら手にとって観察するくらい許されそうです。

繋ぎ榧
さらに、地面に転がったものの中から探してみると、早くに落下した実は、すでに種だけの状態になっているものがありました。確かに、糸を通したような穴が開いていました。この、榧の実にある小さな穴こそが 「繋ぎ榧」 という名前の由縁ですので、どうしてもこれを見たかったのです。了玄寺さままで来てみて良かった!!!観察した実は、またそっとお庭に戻して来ました。何たって、天然記念物ですから。
そして、もう1つ発見出来たのが、護摩堂山の自生地では見られなかった反転した葉っぱの存在。
同じ木なのに、全ての葉が反転しているわけでなく、探すと所々で見つけられるだけなんですよ。

そして、樹齢700年余りのこの榧の木、根元の部分も凄いことになっています。
榧は基部から数本の幹にわかれ、八方に伸び、地を這うように広がって130㎡にも及び、高さは5mにも達しています。

訪問日:2012年10月8日(月)
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