秩父札所巡りの最後は善光寺でお礼参り|長野県神城断層地震の爪痕
2014年12月07日
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秩父観音霊場の番外札所「善光寺」にてお礼参り

片手で数えるには足りなくなるくらい、幾度となくお参りに訪れている善光寺。御朱印を頂戴しただけでも、今回で3度目になります。

秩父札所巡りが無事に結願したので、時期が遅くならぬうちにと、善光寺にお礼参りに行ってきました。
善光寺は、西国、坂東、秩父の各観音霊場の番外札所となっているのです。
善光寺御本尊の前でお参りし、本堂下の「お戒壇めぐり」で極楽浄土の錠前に触れ、今回の霊場巡りもようやく終止符です。
長野県神城断層地震の翌日でしたので…
この日、善光寺を訪れることは、少し前から予定していたことでした。12月に入れば雪が降り、出掛けて行くのも困難になってしまうからです。
しかし、皆さんも良くご存知のとおり、11月22日の午後10時8分。長野県北部を震源とする地震が襲い、我が家地方も久々に緊急地震速報が入り、それなりの震度を記録しました。
夜中にも大きな余震が相次げば、旦那も出勤しなくてはならなくなるので、遠出のお参りどころではなくなるのですが、それも無く一晩を過ごせたので予定通りに長野へと向かいました。
長野県内に入っても、高速道路も一般国道も、普段と変わった様子は見られないように思いました。
いつものように、善光寺北側にある大きな駐車場から境内に入ろうとすると…
注意書きの案内と共に、大きな燈籠や供養塔が倒壊している様子が見られ、思った以上に被害が大きかったことを、初めて思い知ることになります。

石灯籠はパーツ毎の組み合わせで、揺れにも弱いと思われますが、大きな一枚石の供養塔がポッキリと折れる様子は、地震の大きさを物語っていました。

地震発生の翌日の朝9時過ぎ。
境内のあちこちで、ようやく安全対策のための作業が開始されている頃でした。

本堂前の燈籠。常に保護のために金網のあった陶器の燈籠はバラバラになりながらも、金網のお陰で大破壊は免れていました。

同じ陶器の燈籠▼ですが、本堂向かって左側は、ほぼ無事な状態な事をご確認下さい。

お堂の中に入っても昨夜の地震の影響を感じないくらいで、境内にも普通に参拝者の姿がありました。

大勧進前の橋の上には、この日挙式のカップルの姿があり、こちらも予定通りに進んでいるようでしたが、頭上にはヘリが飛んで物々しい雰囲気です。

山門は被害の確認中でした。次に通った時にはその作業も終わっていたのですが、この日は山門上の入場は中止になっていました。

善光寺本堂跡
山門と仁王門のほぼ中間地点にある以前の善光寺本堂跡地(如来堂跡)にある延命地蔵尊です。燈籠が倒れることも、大きな地蔵尊が倒れることもなく、無事な様子で安堵しました。

世尊院
釈迦堂通りに面し、この地蔵尊に相対するようにあるのが善光寺の宿坊のひとつ世尊院です。我が県にある「浜の善光寺」と呼ばれる十念寺ともゆかりの深いお寺さんなので、善光寺を訪れればお参りに行くのですが、この日は扉が閉ざされ、お参りできる様子ではありませんでした。

一見すると普段と変わらないようですが、お堂前のコンクリート柱の一部が破損し、堂内は物が散乱し、その片付けに追われていました。

世尊院の門を入ってすぐ脇には、善光寺の本堂が今の延命地蔵尊の場所にあった時代、如来様への「閼伽(あか)の水」として捧げた、善光寺7名所7池の1つ、「花ヶ池」の跡があるのですが、少し水が白く濁っている以外、こちらは無事な様子でした。

そしてその背後には、ちび子も勉強したばかりだという「鳥獣戯画」の鏝絵もあり、こちらも無事で何よりでした。


仁王門
再び仲見世通りに戻り、仁王門へと…。門には異常無い様子で、以前のようにどっしりと構えた雰囲気なのですが、安置されている吽形の右足首から下が、ポッキリと折れて落ちていました。


仁王門脇にある大本願境内も覗いてみたのですが、お地蔵様などは以前のままで被害無く見えましたが、こちらは壁の一部にヒビが入る被害があったようでした。
仲見世通り
仲見世通りもその半分が開店し、残り半分はシャッターが下りているような状態でした。特に、本堂向かって右側のお店がシャッターが閉まっているような。

同じように、石灯籠などが軒並み倒れ、大きな被害が見えるのは、本堂向かって右側にあるものが多いような気がしました。
本堂脇まで戻って来ると、NHKの報道取材がされるところに遭遇しました。
観光客も取材スタッフもみんな普段と変わらない軽装であるのに対し、TVに映る報道者だけがヘルメットスタイルな事に、報道に対しての違和感を覚えます。

最後は、日本忠霊殿・善光寺史料館前まで行ってみました。
こちらも大きな石灯籠が倒壊していました。

お礼参りのはずが、悲惨な状況を見ることになってしまいましたが、そんな中にあっても、民の救いである仏さまは開かれた場となり、子どもの無邪気な行動に笑みが出るのは、地震発生が夜遅くで人的被害が皆無であったからかも知れません。

おしまいに
来春は、7年に一度の御開帳年である善光寺。その時まで、無事に修復がなされる事を願うばかりです。
--- Sunday, November 23, 2014 ---
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